これまで歩んだ道のり
1975年12月に外国航路のある港(おそらく神戸)にて生誕。母の郷里で出生届を提出。そんなわけで、出生地と生家が一致しない。家庭の事情から小学校の頃に各地を転々として、一点に定着しない人生を送る。小中学校は入学した学校と卒業した学校が違うのがほとんど。
中学校時代はなぜか女子に人気があり(カッコいいわけではないし、イケメンでもないんだけど)、いろいろ幅広く情報を受けていたんだけど、高校は男子高。それで、バカやる仲間もいない状態で自分にフォーカスしてたなぁ。ストーリー考えたり、その舞台になる地図を作ったり。建物のイラスト描いたりしてた。まぁ、そのうちスキーに行ったり旅に出たりとストーリーが展開すると旅に出ようと考え出す。
ちょうど高2の3学期、入試で2月15〜16日は休みだったので、14日に北へ向かって旅に出た。これが初のひとり旅。だからおれにとっては2月14日は旅に出た記念日。
高校卒業後、デザイン学校に行き、デザインを学んだ。基本は全デザイン共通。学校は短大二卒扱いで大学方式をとっていたので、自分から動かなければ何も始まらない。それで旅に出たり、その流れでスキーに行くようになった。当時はシュプール妙高志賀やシュプール白馬栂池が運行されていたので、休みの前にきっぷ買ってゲレンデへ向かうのが楽だった。
スキーにどハマりすると、寝台特急日本海や寝台急行あおもりで北海道まで行き、ニセコや富良野、キロロなどスキー場をあちこち回って楽しんだ。
興味がなくてもPCは必須だった
おれらの世代ぐらいかな?最初は手作業で版下を作って、文章はワープロ専用機で、組版は組版器で編集してあとは手貼りで版下作ってたの。1996年からMacが導入されて、パソコンに興味がなかったけど身につけておいた方がいいとMacを購入。ノート型だったから20数万したよなぁ。でも、今考えてみるといい投資だったと思う。
そのころ、岡本に引っ越してちょうど阪急とJRに徒歩5〜6分だったんで、もうあちこち旅に出てたね。そのころ、ともっちと知り合って、アトリエArt Forestによく顔を出したんだ。 狭い部屋でもうMac2台使ってQuarkXPress使って本格的にゲレンデガイド作ってた。どうやら、阪神淡路大震災を経験していて、そのとき版下納品のためにわざわざ大阪山の手から職場まで歩いたと。
自分が関わっている仕事に関して、そこまでできる価値のある働き方ってすごいなぁと思った。本格的にMacで作業するようになってから、Illustratorで図表やタイトル、レイアウトまでやってPhotoshopで写真を加工してQuarkで編集する。やり方学んだから、入って来た仕事にも対処できる。Mac買って勉強したおかげで仕事の進め方もわかる。
ただ、2003年以降はArt Forestが閉鎖になって、いろいろ大変だった。まぁ、なんとか食いつないでるしね。2015年に本格的に活動して旅に出てブログを更新したり、サイト構築したり。ともっちが創作工房Factory8を西宮に設置したことで、おれも西宮市内に移り住んで、現在に至る。
旅するために生きてるような男なんで、ファンシィトリップ・ネットにコーナーを入れるようになった。そのうちこのサイトがクローズした時、新たにウインドトリップ・ネットを立ち上げる際に、このサイトの管理者として運営を始めた。2026年シーズンのWhiteforestの作成にも関わった。去年から新しく作り直したので、今年はそれを踏襲して変えて行った。よく見ると昨シーズンに時刻表なんか変だった。問題はつぶして行かなければ。
来年は変化するようだ。その下準備として「旅風里美の気まぐれスタイル」も全面的に作り直した。とりあえずごちゃごちゃしてたものをまとめて、おれの人となりをわかってもらえたらいいなと思う。 |